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《アンコ》は寝床にしている白い籠から顔を出し、室内の様子をうかがった。

お風呂からあがったばかりの紅光響はピンク色のパジャマに着替え、ベッドの上で膝をかかえたままうずくまっていた。
普段、黄色のリボンでふたつくりにしている髪も、いまは降ろされて、かすかにシャンプーの香りを放っている。

(響、話したいことがある……)
《アンコ》が媒質通信[オプト・リンク]を飛ばした。
階下の家族に話し声が漏れ聞こえないためだった。

(いまはなにも話したくない)顔をあげずに響が応えた。

(大事なことなんだ。利得媒質[オプト・クリスタル]――いや、われらケイ素生命体について、説明しておきたいことがある)

(どうしていまさら……)響は抑揚なく発信した。(あの子が言い残したことの、弁解のつもり?)

《アンコ》は言い淀んでしまった。

扱いを誤れば、オプト・クリスタルは響たちをも滅ぼすことになりかねない――

ふたたび響たちの前に姿をあらわした黒い魔光少女は、そう言い残して姿を消した。

《アンコ》は隠し事をしている――
すくなくとも、オプト・クリスタルについてなにか重要なことを響たちに話していない。
それは魔光少女たちのみならず、京都の町をも消滅させてしまいかねない、オプト・クリスタルの危険性だった。
騙していたととられてもしかたがない。

いっぽうで、京都に散らばった《ジェイド》と戦うため、響たちは急速に魔光少女としての練度を高めていく必要があったのも事実だ。
残念ながら、その過程でオプト・クリスタルの技術背景まで学ぶ余裕は彼女たちにはなかった。

不幸なことに、人間の脳[ハードウェア]は、情報共有に時間がかかるようになっている。

内奥[ないおう]で思考を転がす《アンコ》に対して、響が目をあげ、視線を合わせた。
彼女の瞳は、いまにも涙がこぼれ落ちそうなくらいにうるんでいた。

(《ナマズ》くんの言う、〝大事なこと〟を知ったら、《ジェイド》が結合した動物も、殺せるようになる?)

(すくなくともきみは、コウモリと結合した《ジェイド》を殺すことはできた)
《アンコ》のリンクを受け、響がまた顔を伏せてしまう。

彼女と口論したいわけではない。
理を説いて《アンコ》が理屈の上で勝ったところで、響が魔光少女を〝降りる〟選択をしてしまえば、窮地に立たされてしまうのは自分だ。

パニックを起こすことなく、《ジェイド》の捕捉尽滅を遂行できる人間が、響やすみれのほかにどれほどいるというのか。
存在したとして、自身が〝宇宙人〟である《アンコ》に、どうやって探し出せるというのか……。

結局、響の信用を取り戻さなければならないということだ。
信用を失墜させるのは容易いが、維持・回復するのは難しい。
それは数値化できない、きわめて非効率な人間社会独特の相互接続[コミュニケーション]のための十分条件だった。

〝ジョウチョ〟と〝カンジョウ〟なる炭素生物の処理装置[プロセッサ] がもたらす精神活動については、人間の歴史を参照して学習している。
《アンコ》 は自身の処理装置を高速稼働させ――この外宇宙からの群兵器なりのやり方で響に配慮しつつ――冷静に言葉を継いだ。

(……すまない。ただ、聞いてほしい。われらケイ素生命体は、オプト・クリスタルによって滅んだんだ)

えっ、と声に出さずに響が顔をあげた。

彼女の瞳を受け止めた《アンコ》は、提灯の先端で輝くオプト・クリスタルから、幾何学模様[アラベスク]の光を放った。
光の奔流が床から噴出し、矢継ぎ早に複数のウインドウを浮かびあがらせる。
そして、響の眼前でホログラムのように大写しになったのは、灰色の白濁した結晶体[クリスタル]だった。

(これが、われわれ《ジェイド》を生みだした原初ケイ素生命体だ)
《アンコ》が解説を加える。

響は未知の生物のあまりの素っ気ない外観に驚いている様子だった。

(ただの石にしか見えないけど……)
そこで言葉を切って目を細めた響は、握りしめていた紅水晶[ローズクォーツ]に目を落とした。
顔を上げ下げしてケイ素生命体と見比べる。
自分なりの仮説をたてた彼女は、呆然とつぶやいた。
(いやちがう――これはオプト・クリスタルそのものじゃない!?)

(当たらずも遠からず、と言ったところかな。
たしかにかれらはもともと〝ただの石〟――鉱物資源にすぎなかった。
それがどうして生命体へと進化できたのか。
かれらの突然の発生については、諸説紛々ある。
ひとつたしかなのは、外宇宙にある広大な惑星帯で偶然、かれらは生まれたということだけだ)

ケイ素を主成分とするこの生命体は、微斜面と呼ばれる細かな多面からなるとんがり部分と、柱面にかこまれた6角柱の外観を有していた。
手も足も目も耳も見当たらず、それは宙に浮かぶ水晶体にしか見えない。
切断面[ファセット]には、まるで霜降り肉のような白い筋状線――へき開線や条線が走っていた。

(彼らも、《ジェイド》とおなじように光を動力源にしていた……?)
響が訊ねてくる。
たん白質的化合物たる炭素生物――動物や人間――からみれば、ケイ素生命体は生きているのかも判別がつかないだろう。

かれら自身が鉱物から生まれた生物というだけあって、その動きはひどく緩慢で、炭素生物からすれば生きているのか死んでいるのかもわからないかもしれない。

そんな外宇宙からの未知の生命体にたいして、彼女は驚きを隠せない様子だった。

(光といっても、原初ケイ素生命体はガンマ線と呼ばれる放射線を吸収していたんだ。幸い、わたしたちの惑星は、ガンマ線をふんだんに蓄えたウラニウムの宝庫だった)

水晶体[クリスタル]は、切断面[ファセット]の数が多ければ多いほど光を反射し、エネルギーを蓄積する。
ケイ素生命体の錘面に形成される細かな多面は、宇宙空間を飛び交う電磁波やガンマ線などの核爆発で得られるエネルギーを吸収することができた。

光は光子[フォトン]というエネルギー量をもつ粒子でできている。
光を恒常的に吸収することで、エネルギーに転換する技術――オプト・クリスタルをその体内に創発[エマージェンス]することに成功したのだった。

(かれらに〝こころ〟はあったの?)

(きみのいう〝こころ〟が、〝ジョウチョ〟や〝シコウ〟といった精神活動においての意味合いでの「知性」をさすのなら、ケイ素生命体には〝こころ〟があったといってもいいかもしれない。
ただ、きみたちの価値観とはかけ離れた代物ではあるがね)

( 言葉は……しゃべれたの?)

(かれらは結晶体内の発振回路を通じて、安定したパルスを送ることができた)

(オプト・リンク……?)響が問いかけてくる。

《アンコ》はうなずいて応えた。(ああ、一種の精神感応[テレパシー]だね)

(思考し、意思疎通もできた――。
だとしたら、かれらはどうやってあなたたちを生みだしたの?
だってかれらには重たい荷物をもちあげ、細かな作業ができる器用な手も見当たらない……)

(けれど、魔光を操ることができた)
《アンコ》はケイ素生命体の文明がたどった軌跡をオプト・リンクで共有した。

響の脳内に、何十億年分の一大叙事詩のイメージが一瞬にして送りこまれる。
彼女はまるで記憶がフラッシュバックするかのように、外宇宙の文明のあらましを参照したのだった。

生殖機能がないケイ素生命体は、鉱物資源から自分たちの似姿を生成した。
不純物が多く、白濁した原初ケイ素生命体から代を経るごとに、高温・高圧下で不純物をとりのぞいた純粋な水晶としての新世代が誕生し、同時にオプト・クリスタルの生成技術も向上していった。

こうしてかれらは急速に文明を発展させていったのだ。

かれらの政治機構は、人間からすれば、予測不可能で、きわめて複雑なものであった。
個体が全体の意志決定に重要な役割をもたないという意味では全体主義的だが、 樹木[ツリー]状組織をもたないケイ素生命体の政治機構には指導者が存在しない。
よって超並列主義[コネクシズム]とも呼ぶべき政治体制を敷いていた。

非中心化システムによって何千、何万、何億体の個体同士がいつでも交換可能な分散型ネットワークであった。
こうした制御不能[アウト・オブ・コントロール]の合議によって幾重にも交差した母体[マトリクス]が、ケイ素生命体の全体意志を創発[エマージェンス]する。

個体異常[エラー]や局所的な機能不全[コンフリクト]は、厖大な全体意志に包み込まれてしまう。
この混沌とした複雑系のゆらぎによって、数千億年に及ぶ宇宙激変の歴史と大変動、生存競争において生き延びてこられたのだ。

(物質に浸透しようとする性質は、宇宙の黄金律だ。
たとえいかなる障害をもってしても、宇宙への進出を永久に押さえこむことはできない。
ケイ素生命体とて例外ではなかった)

光のアラベスクが、また新しいウインドウを現出させ、そこにケイ素生命体が発生した鉱物惑星の所属する銀河系が映しだされる。
かれらの勢力図は車輪の輻[や]のように放射状に銀河系を満たし、さらにほかの銀河へとみちていった。

(たとえ万能技術のように思える魔光とはいえ、宇宙進出には、エネルギー転換技術の革新[イノベーション]が必要不可欠だった。
そこでかれらが目をつけたのが、超新星爆発[スーパー・ノヴァ]だったんだ……)

今度は恒星の内部構造がウインドウに図示される。
たまねぎ構造の恒星図には、核融合反応で生成されるさまざまな元素や資源の記号が記されていた。

(大質量の恒星が、一生を終えるときに起こす超新星爆発[スーパー・ノヴァ]は、恒星の最大光度はもちろん、さまざまな元素や資源の宝庫となっている。

われわれの宇宙には、約109個の銀河があり、ひとつひとつの銀河には約1011個の恒星がある。
きみたちがよく知る恒星である太陽をしのぐ質量の恒星は、宇宙全体の0.3%だから、宇宙の創生期から、1秒に1回はどこかでスーパー・ノヴァが起こっていることになる。

宇宙のそこかしこで起きているこの大量エネルギーの放出現象を手放しておく法はない。
かれらは、この厖大[ぼうだい]なエネルギーを調達するために、恒星間宇宙船《ダイソン》を作りだした)

つづいて 大文字山で響が破壊した《ダイソン》がホログラムで表示[ディスプレイ]された。
蜂の巣[ハニカム]模様で構成された楕円形の外観。
翡翠[ひすい]色の光を放つハニカム孔には、エネルギー調達のための無人兵器が積載されていた。

《ジェイド》――ケイ素生命体が生みだした自己制御[セルフ・ガバナンス]型の群[スウォーム]兵器だ。





響の前に、あらためて深緑の無人兵器がホログラムで表示[ディスプレイ]される。

全長約7mm、透明度の高い球形表面は翡翠[ひすい]色に輝き、短くて節をもつ細かな脚がびっしり側面に並ぶ。
この脚の先端をいくつかの《ジェイド》が互いに付着させて結合すると、全体としてひとつの自己組織系をなし、結合する個体の数が多ければ多いほど、それは強力な魔光を発揮する。

《ジェイド》が一定の数以上に結集すると、まるで個体間が目的を共有しているかのような群行動を創発[エマージェンス]する。適応すべき環境・状況に応じて、性質や形状、内部構造などをあらたに作り変えることができた。

《ジェイド》と結合して地下鉄のトンネルで肥大化したモグラや、イルカが発する超音波を衝撃波にまで能力増強することができたのも、すべて《ジェイド》のこの性質による。

(肥沃な土壌に種子をまくようにして、数千万、数千億――否、数値化できない大量の群兵器が宇宙へとみなぎった。

それぞれの個体には、ごく限られた能力[スイート]しかプログラムされていない。
個体の損失は、全体の多様性のなかで相殺されるからね。

この使い捨てのエージェント軍団を送っておけば、あとは放置したままでいい。
一部が死んでしまっても生き残ったものがエネルギーを調達しつづける……)

そこで言葉を切った《アンコ》は、響に問いかけるように目を向けた。
(ところで、響。
何十億光年におよぶ宇宙航海において、遭遇する可能性のあるありとらゆる状況下で必要とされる能力とは、いったいなんだろうか?)

それが《ジェイド》の有用性であり、響自身を苛み、苦しめている能力であることに気づいた彼女は、唇を引き締めてから応えた。

(適応力……?)
(ご明察だ。同化し、順応する能力……ただ、寄生生物とは一線を劃す能力が《ジェイド》には2点、備わっている
生物だけでなく、無生物――鉱物資源や機械とも結合することができるということがひとつ。
もうひとつは魔光によって、宿主[ホスト]の能力を強化することだ)

ホログラムの映像では、《ジェイド》がゲジゲジ虫のような細かな脚を宇宙に存在するさまざまな生物、鉱物資源、機械と結合する様子が映しだされた。
ハンダゴテで溶解した鉛がとりつくように、《ジェイド》の節脚は対象物に結合する。

群兵器の全体に広がる深緑の地の内部に走る、複雑に入り組んだ白い筋は、《ジェイド》を電子基板のように見せた。

なるほどよくみれば、回路のなかには半導体素子[ソリッドステートドライブ]のように稠密[ちゅうみつ]に組みこまれた黒い斑点がいくつか認められるはずだ。

光源モジュールから受光ユニットに出力された光エネルギーを魔光へと転移させる要――利得媒質[オプト・クリスタル]だ。

オプト・クリスタルは、それ自体が一種の万能蓄エネルギー転換装置の役割を果たしていて、この翡翠石全体の運動をつかさどっていた。
光を吸収する《ジェイド》の中心部、オプト・クリスタルは魔光へ転換するとかなりの高温に熱する。この熱がある程度蓄積されると、母艦である《ダイソン》と相互接続[コミュニケーション]して、《ジェイド》は帰還する。
かれらにはごく単純な本能しか与えられていないのだ。

すなわち、「光が吸収(ホット)できたら、帰還せよ」。

(母艦である《ダイソン》のプログラムに変調を来したことで、相互接続[コミュニケーション]を断絶した《ジェイド》は、本能[プログラム]の赴くままに見境なく光を吸収しようとする……エントロピーの増大則も気にせずにね)

(《ジェイド》には知性がない。あるようにふるまっているだけ……でも、《ナマズ》くんはこうしてわたしと話すことができる)

(わたしは幸運にも、地球上における相互接続手段を確立できたからにほかならない)《アンコ》が応える。

(自我が、知性が芽生えたってこと……?)

(わたしの振る舞いもまた、そう見えるだけだろう)
《アンコ》は残念そうにリンクした。
(設計士[プログラマー]としてのスイートを持つわたしは、ただ《ダイソン》の修復と《ジェイド》の収容という本能[プログラム]に従っているだけかもしれないからだ)

事実、《アンコ》はこの話し合いが「響に魔光少女をつづけてもらうための交渉」であることを自覚していた。
《ジェイド》の尽滅に挫けそうになった彼女に、任務継続の同意を得るためという利己的な目的を自覚してもいる。

そのために《アンコ》はただ、言い方に気を配っているだけだ。

この対応を〝知性〟の創発[エマージェンス]とよべるのかどうかという問題については、自分自身、少しも明らかにすることはできないでいる。

(いずれにせよ、宇宙にばらまいた《ジェイド》は、ケイ素生命体の文明に、測り知れないエネルギー革命をもたらした。
かれらは光を魔光にエネルギー転換するオプト・クリスタルと、スーパー・ノヴァから調達した莫大なエネルギーによって、さらなる宇宙拡充する術を手に入れた)

響がじっと《アンコ》を見つめ、先を促す。

《アンコ》は一呼吸おいてから、ケイ素生命体の文明を滅ぼすことになった事件のあらましを語りはじめた。

(かれらは精神――自分たちの意志を魔光に変換したのだ。

もともと鉱物であったケイ素生命体にとって、肉体は邪魔な物でしかなかった。
鉱物であるがゆえに緩慢な動きしかできず、自由自在に魔光を操り、相互接続[コミュニケーション]できる能力とは裏腹に、自分たちはいつも不自由な鉱物の体によって縛りつづけられてきた。

それが、オプト・クリスタルの魔光によって不要な体を捨てることができる……。

光となったケイ素生命体は、光の速さで宇宙へ限りなく拡充していく……そのはずだった)

(その野望を阻んだのが、オプト・クリスタルだった……?)

(原因はいまだにわからない――なにしろわれわれはそのときすでに、《ダイソン》に積載され、恒星間を旅していたからね?)

(じゃあ、ケイ素生命体は……)

(われわれが宇宙航海中に滅んでしまったんだ。
《ダイソン》のプログラムに変調を来したのも、その影響があったのかもしれない……)

(なにが……あったの?)

(ケイ素生命体の意志の意志をこめた魔光は、これまでにない莫大なエネルギーを生みだした——だが、オプト・クリスタルには、未知の領域が存在したのだ

(未知の領域……)響がおうむ返しに問う。

(オプト・クリスタルに意志という測定不可能のエネルギー負荷がかかると、核融合に似たエネルギーの創発[エマージェンス]が起こる場合がある。
まるで恒星がその一生を終える瞬間、その重みに耐えきれずに重力的に一挙につぶれてしまうように……)

響の反応をうかがう。
彼女は眉根をよせ、さらなる説明を求めている様子だった。
《アンコ》は恒星進化の最終段階について、響にもわかるようかみ砕いて説明する必要を感じた。

(オプト・クリスタルは、シュバルツハルト半径――ブラックホールを生みだしかねないということだ)

響がまじまじと自分の紅水晶[ローズクォーツ]を見下ろす。

これが、響たちにはあえて説明しなかったオプト・クリスタルについての真実だった。
響のオプト・クリスタルは、京都を光で満たすことができるのと同時に、魔光のエネルギーを制御できずに極大収縮[ハイコントラスト]を引き起こすと、ブラックホールを生みだし、反対に闇に取りこまれてしまうのだ。

しかし、だからこそ、京都に散らばった《ジェイド》を、一刻も早く捕捉尽滅しなければならないのだ。

《ジェイド》もまたオプト・クリスタルを持ち、無尽蔵にエネルギーを吸いつくす。

もちろん、かれらに魔光の制御[コントロール]ができるわけがない……。

そのとき、《アンコ》の提灯の先端が、陰鬱な赤い光を放ち、ふたたび《ジェイド》があらわれたことを告げた。

(《ジェイド》……?)

(話はここまでだ)
《アンコ》は話を打ち切り、 窓をあけた。夜風がひらりとカーテンをあおった。

(わたしはひとりでも、《ジェイド》を殲滅する。今後、協力してくれるかは、きみの判断に委ねよう)

響は押し黙ってしまった。

冷たく突き放すことで、響の自発を促す。
そこまで計算していたわけではない。
もはや自分一人でやるしかない。
そう覚悟した結果だった。
《アンコ》は響の部屋から出て行こうとした。

(すべての《ジェイド》を倒したら――《ナマズ》くんはどうするの?)

(たとえ地球における相互接続手段を確立したとしても、本来、わたしに備わっている《ジェイド》としての能力——オプト・クリスタルは、いついかなる局面で闇に取り込まれるかもわからないブラックボックスなんだ)

(わたしたちも……?)

(すべての《ジェイド》を殲滅したら、オプト・クリスタルは破壊する)

それが自らの死を意味していたとしても……。

最後は泣き落としか。
意図せず同情をさそう物言いをしてしまった己の交渉術とやらの限界を感じつつ、《アンコ》はリンクを切ってふたたび窓に向き直った。

「待って」不意に響が呼び止めた。

振り返ると、彼女はベッドから降り立ち、表情を曇らせたままオプト・クリスタルを握りしめていた。

響が黄色いリボンを机からとりだして、ふたつくりに結ぶ。
それから彼女は、口元に紅水晶[ローズクォーツ]を近づけて、起動パスワードを唱えた。

「オプト・クリスタル・プリズムアップ!」

紅い光が矢継ぎ早に花ひらいていく。
《アンコ》はぎらつく光に一瞬、目を細めた。

まばゆいばかりの光の靄が晴れると、そこには、魔光少女に変身した響の姿があった。

「いくよ、《ナマズ》くん!」
響はそう言ってフォトナイザーにまたがった。
「ただじっとこの町が暗闇に包まれるのを待っているなんて耐えられない!」

活発な響らしい理由だった。
《アンコ》は分厚い唇の端で微笑み、ただちに(反応近い、距離300……!)とリンクを飛ばした。

防眩バイザーを降ろし、腰をかがめた響は、《アンコ》の示す《ジェイド》反応めがけてまたたく間に飛び立っていった。


To Be Continued… 
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バスのアナウンスが『次は七条大宮・京都市水族館前』と告げた。
紅光響は、待っていましたとばかりに降車ボタンを押して、窓外に逃げ場を求めた。

約20分間——。
逃げ場のないバスのなかで、隣りあう異性と——しかも仲の悪い——途切れ途切れの会話をつづけるのは、ひどく骨が折れた。

もっとも、会話をつづけようとしていたのはもっぱら彼のほうで、話を振られるたび、響は素っ気ない答えを返していたのだが……。


彼とは、烏丸丸太町のバス停で“偶然”一緒になった。
大久保大地。
同学年の男の子で、響とは30cm近く身長差がある。
嫉妬するくらい顔がちいさくて、繊細そうな、どこかさびしそうな目をしていた。
手脚が長くてセクシーだ、と盛り上がる会話を聞いたことがある。
けれど、女子に気兼ねなく話しかけてくるところが、響は気にくわなかった。
どこか熟[こな]れた印象を受けたからだ。

彼が映画研究会に入部したのは、つい3日前のことだった。
活動内容がまだ明確になっていないからといって、彼はたった1日で年間スケジュールを立て、そのゴール地点を自主制作映画の完成と定めた。

響を部長に、すみれを副部長に決めたのも彼だった。

彼はぐんぐんみんなを引っ張って、物事を決めていく。

今日はハンディカメラの扱い方を習熟するため、京都市水族館で集合する予定だった。
赤いパーカーにチェック柄のスカートをはいた響は、耳にニットのイヤーマフを装着。
もちろん背負ったリュックサックにはいつも通り《ナマズ》くん——チョウチンアンコウと融合したケイ素生命体群兵器《ジェイド》の一体、通称《アンコ》が同行している。

(響、待ち合わせ時間をすでに5分遅刻しているぞ……)
腕時計を確認するまでもなく、《アンコ》が媒質通信[オプト・リンク]で知らせてくる。
(わかってるよお……)

「どうしていつも遅刻すんのん? 寝起き悪いんか?」
リンクを聞いていたかのようにタイミングよく彼が訊ねてくる。

彼は眼鏡にコートとマフラーをして、肩から提げたカバンには露出計とハンディカメラといった機材を詰め込んでいた。
それら機材のうん蓄を聞かされ、食傷気味になっていたところに、ずけずけと無遠慮に訊いてくるのだ。

「そっちこそ遅刻でしょ?」響がむっとして応酬する。
「俺は少なくとも“常習者”とちがうで」

彼とはずっとこの調子だった。
昨日も『好きな映画は?』と問い詰められて、響は言葉に詰まってしまった。

1年に1回、映画館に足を運ぶか運ばないかという程度の自分。
ヒッチコックやチャップリンの映画をレンタルして観てみたが、退屈ですぐに寝てしまった……。

『《ウォールストリート》』
レーザー核融合の研究を行っている大型投資先が出てくるので思わず借りて観た映画の名前を響は告げた。
『ふーん……』彼の返答は素っ気なかった。

映画制作を志しながらこの体たらくか。
他に選択肢のない自分を見透かされているような気がして、響はおもしろくなかった。

『じゃあ、大久保くんはどんな映画が好きなの?』
『《ホーリーマウンテン》』即答だった。
『知らない』
『最高傑作や』

確信を持って言う彼を信じて、実際響は《ホーリーマウンテン》を借りて観た。
DVDは、レンタルショップを梯子[はしご]して、ようやく見つけることができた。

感想は一言で事足りる。
冗長で退屈。
観ていてつらい。
その映画のなにが良いのかさっぱりわからなかった。
もしかしたら騙されたのかもしれない。
気づいたときには遅かった。

とにかく気にくわない……。
どうして彼に振り回されなければいけないのか。
バスが停車すると、響は彼から逃れるようにして、一歩を踏み出そうとした。

小柄な響はちいさく飛び跳ね、大きな声で「すみません!通してください……!」と断ったが、観光客で賑わう車内の人垣に阻まれ、まったく身動きがとれなかった。

困惑の色を浮かべる彼女に、彼がいたずらっぽく微笑みかけてきてくる。
「……?」
なんのことかといぶかっていると、突然、響は彼に右手をつかまれた。

「えっ!?」
「降りますぅ! 通りますぅ!」

そう言って彼は両肩で人垣をかき分けていく。
響は手を引かれ、後についていけばよかった。


バスを降りると、背後でドアが閉まった。
轟然とバスは走り去っていく。

梅小路公園の前でふたたび2人きりになってしまった。
響は気まずさをまぎらわすようにして「コンビニに行ってくる」と言い訳した。

「ほな、俺も行くわ」
ついてこないで、とははっきり言えない。
響が応えに窮していると、ゆう子先輩が声をかけてきた。
「響!」
京都駅のほうから、黒森ゆう子先輩と石英[せきえい]すみれが手を振って歩いてくる。
ゆうこ先輩はシャツチェニックにジーンズ、ミリタリーのアウターを羽織り、ボーイッシュな印象だ。

すみれはロングスカートにカーディガンを羽織っている。

定員に達していないわれらが映画研究会は、部員獲得を急いでいた。
そんな苦境を見かねて、ゆう子先輩は籍だけでもと入部を快諾してくれたのだ。

本来なら受験間近の先輩が部活動に参加する暇はないだろう。
それなのにこうして後輩に付き合ってくれるゆう子先輩のやさしさがありがたかった。

「今日は、大丈夫だったんですか?」
「心配しないで! なんとか推薦とれそうだしね」
ゆう子先輩は、屈託のない笑顔で響を安心させた。

「せっかく先輩きてくれてるのに、遅刻するなんて……」すみれが唇をとがらして響を責める。

「ごめんなさい!」きっかり90度に腰を折り曲げて、響が友人たちに詫びた。

「コンビニは行かんでいいの?」彼が間の手を差し挟んでくる。

「私は別に……」
「俺、トイレ借りてくる。これ、頼むわ」
響が顔をしかめるのも気にせず、彼はひょいと肩から提げていた機材のバッグを響に預けた。
あまりの重さに体が傾いだ。
そんなことも気にせず、彼は小走りに去っていく。

彼の背中を見送り、響は大きな嘆息を漏らした。

「響、大久保くんとなんかあったの?」ゆう子がすかさず訊いてくる。
「よくわからないんです」響は機材のバッグをそっと地面に降ろしながら応えた。「どうしてこんなにイライラするのか……。なんだか、彼と話していると、調子が狂うっていうか……」
ゆう子先輩がふっと笑う。
「笑い事じゃありません!」響が真剣に抗議した。
「ごめん、ごめん。ま、ようするに彼と一緒にいると、ドキドキするってことでしょう?」
「え……?」
ゆう子先輩は響の耳元に口を近づけ、そっとささやいた。「それって、好きってことなんじゃないの〜?」
「やめてください!」

否定しつつも、ゆう子先輩のからかい半分の言葉が、響のなかで波紋を広げていく。

彼のことを好き?
この自分が?
そんなはずがない。
むしろ私は迷惑に思っている。

それに——。
ドジで背が低くって、遅刻の常習者。
自分がいちばん、自分のことが嫌いなのだ。
誰かが好きになってくれるはずがない……。

けれど、彼に握られた手をあらためて見つめると、不思議と胸が高鳴るのも事実だった。

この胸の苦しさは、いったい……。

「響、大丈夫?」すみれが心配そうに響の顔を窺っていた。
「ごめん、らしくないよね! あんちきしょー!」
そう言って響は機材のバッグを持ち上げた。


祝日ということもあり、京都市水族館は混雑していた。
響たちは海洋ゾーンのブラックライトに照らされる、幻想的なクラゲの水槽を見あげていた。

ちらとみんなの表情を窺う。
ゆう子先輩もすみれも、口元に笑みを浮かべて、縦に長い水槽に浮かぶクラゲたちを見上げていた。

彼は——。

薄暗い室内で、響は彼の姿を追った。
彼は、みんなから離れたところで1人、愁憂をおびた表情で水槽にハンディカメラを向けている。
その横顔が、響の視線に気がついて振り返る。
響はさっと顔を伏せ、彼のことを見つめていたと気づかれないように誤魔化した。

彼が響に近寄ってくる。

「どないしたん?」
「……ちゃんと撮れてるの?」
「ばっちりや」
「そう……」

手のひらがやけに汗ばんでいる。
響は勇気を振り絞るための儀式みたく、ぎゅっと自分の右手を握った。

「さ、さっきは……ありがとう」か細い声で響はとぎれとぎれに言った。
「さっき?」
「バスで、助けてくれたでしょう?」
「ああ……」つづく言葉を探して、彼はしばらく黙り込んだ。

言ってしまってから、響は激しく後悔した。
いったい自分はどんな答えを期待して、こんな言葉をかけたのだろう……?

いけない。
心臓を高鳴らせている自分を落ち着かせようと響は胸中につぶやいた。
好きってことなんじゃないの?
先輩の言葉につられて、変に意識してしまっているだけだ。
自分は彼のことをなんとも思っていない。
ただ、お礼がしたかっただけだ。

突然、ひどく尾を引く女性の金切り声が会場に響いた。
間を置いて、逃げ惑う人々がつぎつぎに会場を引き返してくる。
ただならぬ空気が水族館のなかを伝播していき、海洋ゾーンにいた人々もコースを引き返しはじめた。
パニック寸前の人の波にもまれて、響は一瞬、バランスを失って転びそうになる。
そんな彼女の手を握り、彼が支えてくれた。
響が見上げた彼の顔には、大樹のようにそびえ立って安心させてくれる笑みがあった。
「大丈夫か?」
響がうなずいて、返事をしようとしたそのとき、《アンコ》の媒質通信[オプト・リンク]が脳内に響き渡った。
(響、すみれ、非常事態だ! どうやら水族館に《ジェイド》があらわれたようだ!)

響が左右に目を走らせる。
人波のうねりをかき分け、すみれが合流しようと手を挙げていた。

ゆう子先輩は——。

人混みに紛れて確認できない。
どうやらはぐれてしまったらしい。

「ごめん!」
響は彼の手を振りほどき、人の波に抗うようにしてすみれと合流した。
彼が呼び止める声に後ろ髪を引かれながら、響はすみれとはぐれないよう、彼女の手を強く握りしめた。





海洋ゾーンを抜けてイルカステージに飛び出すと、出入口はてんやわんやだった。
悲鳴と怒声が渦巻くなか、さかまく海の大波のように押し寄せる群衆は、両耳を押さえながら逃げ惑っていた。
まもなく人々は四散し、そこには響とすみれだけが残された。

途端、響の耳が甲高い音を知覚した。
室内のどこかでテレビや電子機器が作動しているような、羽虫の羽音のような感覚——その音は人間の可聴領域を超えていると響は感じた。
目を転じれば、観客席の手すりや壁や空気がうなりをあげている。
共鳴を起こしているのだ。
その音の震源地——ひな壇になった観客席の先にある楕円形のプールには、引き潮を刻んで泳ぐ尾ひれが4つ。
水面から飛び上がったイルカたちが交互にハイジャンプして水しぶきをあげる。
響はイルカたちのまんまるの目が、翡翠[ひすい]の燐光を放っているのに気がついた。

(《ジェイド》がどうして水族館に……)
(確かなことは言えないが、《ジェイド》の魔光が発する音子[フォノン]にイルカが共鳴したのかもしれない……)
《アンコ》がリンクを飛ばして推理する。
(第2次大戦中、潜水艦のアクティブソナーに好奇心を示し、イルカが近寄ってきたという報告もある……)


「オプト・クリスタル・プリズムアップ!」

響とすみれが目配せして、オプト・クリスタルを引き寄せる。
変身パスワードを唱えると、彼女たちは紫から赤にいたるさまざまな色合いを変えて燃えあがる閃光を浴びながら、魔光少女へと変身した。

まず胸元のオプト・クリスタルが魔光を放出し、戦闘服[バトルドレス]を現出させる。
つぎに戦闘靴[ブーツ]とフォトナイザーがあらわれて、フリルスカートをたなびかせると、最後に背面でやわらかな銀色の光がはじけ、水晶クラスターのような大きなリボンが伸びていく。

変身を終えた魔光少女たちは、プールで泳ぐイルカたちを見下ろした。

(なんとか《ジェイド》だけを倒すことはできないの?)
《ジェイド》と結合したモグラの最期を思い起こした響がリンクする。
地下鉄のトンネルにあらわれた《ジェイド》モグラは、錐で穴だらけにされたようになって灰燼[かいじん]と帰した。

刹那、《アンコ》の提灯が赤い明滅をはじめる。
その輝きは淡く、不安定だった。

(響、まだ可能性はあるかもしれないぞ……)
(どういうこと?)
(《ジェイド》の反応が不安定ということは、イルカと結合してまだ間もないと推察される。《ジェイド》のみを焼き切れば、あるいは助けられるかもしれない……)

そのとき、ふたたび耳をつんざく高音程の悲鳴が鼓膜を奮わせた。
以前の甲高い音とは訳がちがう。
今度の悲鳴は一瞬にして不協和音に転じて、鼓膜が破れ、聴力を喪失したのではないかと錯覚するような痛みが走った。
周囲の空気が振動し、足下から疼痛[とうつう]が走る。
頭のしんが痛くなった。
立っているのがやっとだ。
響とすみれは両耳を押さえ、両目をぎゅっと閉じた。

(何なの!?)
プールのイルカたちがくちばし状の口を開けて鳴いている。
聞き取れないほど高音程の超音波がイルカステージ一帯の空気をびりびりと震わせ、衝撃波となって突き抜ける。

(《ジェイド》はイルカの超音波を増幅しているんだ!)

平衡感覚すら麻痺しそうな衝撃波の痛みを堪えながら、響はフォトナイザーを振るってその先端をイルカたちの頭部——《ジェイド》が巣くう額部に差し向けた。

「フォトニック・アンプリファ!!」

フォトナイザーの先端に内蔵[ドープ]された紅水晶[ローズクォーツ]が深紅の光の帯を放出する。

同時に2頭のイルカ《ジェイド》がプールから跳びあがり、空中で宙返りを見せてまた水中に潜っていく。
海面からは水しぶきがあがり、周囲に霧を発生させた。
と、第2陣となる別の2頭がプールから顔を出し、超音波を発した。
衝撃波が空気の歪みを扇状に拡大させながら霧を押し広げ、響の攻撃に迫っていく。

すると、それまで直進していた深紅の光はまるで目に見えないガラスのドームにぶつかったように、円弧状にねじ曲げられてしまった。

屈折率の勾配を有すイルカ《ジェイド》の衝撃波は、霧に超音波を印加することで屈折率の変化を誘起し、フォトニック・アンプリファを回折させたのである。

あらぬ方角へ回折[かいせつ]された紅いレーザーは、スタジアムの客席に直撃し、ちいさな爆発を引き起こした。

(フォトニック・アンプリファを、回折[かいせつ]した……)《アンコ》が愕然とする。

(響、下がって!)
すみれがリンクを飛ばし、モード同期[ロック]レーザーをフォトナイザーの先端から連射する。
(同期[ロック]完了、発射!)

イルカたちに向かって降り注ぐ紫色の光の驟雨[しゅうう]は、しかし、入れ替わりに水面からあらわれた別のイルカ《ジェイド》の増幅超音波に跳ね返されてしまう。

(攻撃が、利かない——)

ふたたびイルカ《ジェイド》たちの殺人的な合唱がはじまり、スタジアムの空気を蠕動[ぜんどう]させた。
振動数をあげた非常に強い超音波がステージをくまなく満たし、鼓膜に針を刺したようなすさまじい耳鳴りで意識が飛びそうになる。
《アンコ》がとっさに形成した光の障壁[エネルギーフィールド]によって多少の衝撃を吸収した魔光少女たちは、なんとかふらつく足をふんばって堪えることができた。

と、響はイルカたちの分厚い水槽ガラスにぴきり、と幾筋も縞が走ったのに気がついた。

超音波の衝撃波によって、水槽のガラスが破壊されようとしている。

そう、水槽を破壊すれば、イルカは水を失い、そして——

その先につづく残酷な作戦を思い浮かべた刹那、響は首を振って思考を寸断した。
たとえ直接手を下すわけではないにしろ、水槽を破壊するというのは、間接的にイルカを殺すことになる。
元に戻る可能性がわずかでも残されているのなら、《ジェイド》だけを破壊したかった。

だが、攻撃を回折してしまう敵にどうやって攻撃を命中させたらいいのか?

2人が攻めあぐねていたそのとき、爆音とともにプールに水柱が噴出し、不吉な爆発が起こった。

水しぶきが観客席に叩きつけられる。打ちつけられた大量の水が周囲に霧を生み、魔光少女たちの視界を妨げた。
霧のなかからは、イルカたちが発する末期の悲鳴が聞こえてきた。

(何が起こったの!?)
響とすみれはフォトナイザーにまたがってステージの上空を飛び、状況を確認する。

ステージの水槽が破壊され、プールの水位が急速に下がっていた。
何者かが水槽を破壊したのだ。

すでにイルカたちはプシュー、プシューと苦しそうな呼吸音を漏らしていた。
浮力を失ったイルカたちは自分たちの重みで肺が潰れ、酸素を供給できなくなる。

まるでゆっくりとのど元を締め上げて殺すように、じわじわと死に向かっていく……。

(イルカさんを助けないと……)

ステージに向かおうとする響を制止したのは、黒い魔光少女だった。
フォトナイザーにまたがった彼女は低姿勢ですみれと響の間を駆け抜けて、黒水晶[モーリオン]から黒い稲妻を一閃させる。

「《ソリッド・エキシマム》!」

黒い魔光少女の攻撃が、身動きのとれなくなったイルカたちに直撃する。

響とすみれは思わず目をそらした。
遠くで果物が砕ける音と、ひき肉を壁にたたきつけたような音が矢継ぎ早に起こった。


イルカステージは、虐殺の場と化した。
真っ白なステージは鮮血で汚され、行き場をなくした水槽の水がその血を洗う。

響のむせび泣く声が、静寂を取り戻したステージにこだましていた。

「ひどいよ、こんなの……」
フリルのついた戦闘服[バトルドレス]も、薄まった血に染まりはじめていた。
「響、もういかないと……」すみれが周囲に目を走らせながら響の肩をやさしく叩く。

遠くからはヘリコプターの旋回音も聞こえてきている。
これ以上長居して、魔光少女たちの存在をしられるわけにはいかない。

「ひどいよ……」
それでも響は顔をあげようとはせず、声を震わせた。

「お前たちはベイトソンの罠に陥っている」見かねた《アンコ》が厳しく言い放つ。

「ベイトソンの罠……?」その意味を判じかねてすみれが問うた。

「文化人類学者にして、サイバネティクスの生みの親、クレゴリー・ベイトソンによれば、イルカが1つの芸を覚えるとき、学習の跳躍——創発[エマージェンス]をやってみせるのだそうだ」
《アンコ》はイルカの死骸を検分しながら言う。
「イルカは魚が欲しくて同じ動作を繰り返す。しかし、調教師は同じ動作ばかりでは餌をあげなくなる。そこでイルカは別の芸を創発することで、また餌をもらえるようになる……」

「わたしたちも、創発が必要だってこと?」すみれが《アンコ》に問う。

《アンコ》が視線をそらした。
「ルーチンワークだけでは、《ジェイド》は倒せないということさ」

「じゃあ、あなたの言う創発って……動物を殺せるようになるってことなの!?」
響が泣きはらした顔をあげて訴える。

「甘ったれるな!」

すみれたちの前に、フォトナイザーから着地した黒い魔光少女が歩み寄るってくる。
防眩バイザーで素顔をかくしたまま、彼女は響の胸ぐらを掴んだ。

「動物は殺せない、だと!? それでよく京都の町を守るなどと大見得をきったものだ」

「だって……わたしたちまだ中学生なんですよ!?」響に代わってすみれが反論する。

「それがどうしたっ!」

黒い魔光少女が響を突き離した。
すみれは響に駆け寄って支え起こす。

「普通に生活して、時折、魔光少女の夢を見る……それもいいだろう」
黒い魔光少女が鼻を鳴らす。
「だが、そんな夢見がちな連中に、魔光少女の任が務まるはずがないし、その資格もない!」

「あなたは……いったい何者なの?」響が顔をあげて問うた。
「《ジェイド》を倒そうとしている……ってことは、わたしたちの味方?」

「扱いを誤れば、オプト・クリスタルはおまえたちの命を奪うことになる」
冷たく言い放ち、黒い魔光少女が響の胸元で輝くローズ・クォーツにフォトナイザーの先端を突きつけた。
「否——おまえたちだけではない。京都の町をも消滅させるだけの潜在能力[ポテンシャル]が、そこにはある」

響とすみれの視線が、《アンコ》に集まる。
オプト・クリスタルが京都を消滅させる?
聞いたことがない話だ。
《アンコ》は、オプト・クリスタルについてなにか隠しているのだろうか……?

外套[コート]を翻し、黒い魔光少女が背を向けた。

「もう一度よく考えるんだな。魔光少女になるということがどういうことなのかを!」

そう言い残し、彼女はその場を去って行った。


To Be Continued… 
hibiki05のコピー



すみれは疑問に思っていた。
なぜ、響のように明るく活発な女の子が、部活動に参加していないのか?

彼女に訊ねてみたところ、『どの部活にしようか迷った挙げ句、決められなかったから』らしい。
第2学年の秋ともなれば、同級生たちは主力人員になっている。
いまさら第1学年に混じってスタートラインに立つのは憚[はばか]られたのだろう。
その代わり響はクラス委員を務めており、生徒会や委員会の集まりに出席して放課後の課外活動としていた。

その日も、響は聖光学園中学校で物理を担当している藤原先生のお遣いで、四条通に来ていた。
明日の課題実験のための備品を100円ショップで買い揃えるためだ。

「ねえ、領収書もらわなくってよかったの?」四条通のバス停ですみれが問うた。

「うん……。藤原先生の自腹なんだって」
ビニール製の収納袋のチャックを開けておつりを入れながら響が応えた。

すみれと響は、両手に大きなビニール袋を持っている。

ともすれば退屈になりがちな物理の授業を、藤原先生はみんなに楽しんでもらうため、実験内容を拡充した活発な授業を企図していた。
 
仮説を立て、実験し、検証する。
その結果を各班でまとめて発表し、ディスカッションして発展していく……。
 
ブロックメモや模造紙、クレヨンや付箋といった今日買い揃えた備品は、このためのツールだった。

一方で、それらの備品は本来、物理実験の学習指導要領では“不要”とされがちなものでもあるらしい。
だから藤原先生は経費としてではなく、自腹で授業の備品を買い揃えることが多かった。

けれど、藤原先生の熱い想いは、残念ながら生徒たちに伝わっていない。

今年度赴任してきたばかりの藤原先生は、口がうまい部類の人間ではなかった。
どちらかというと寡黙で、じっくり考えてからしゃべる人なのだ。
生徒が授業中に“内職”をしていたり、おしゃべりしていたり、携帯をいじっていたり、漫画を貸し借りしていたり……。
やんわりとは注意するけれど、厳しく物を取り上げもしないし、怒鳴りつけもしない。
温厚で、やさしい人だった。

だから先生は『楽できる先生』として生徒たちから“ナメられて”いる。
そのことは重々承知で、先生は教え子たちとどうやって接すればいいのか、悩んでいる様子だった。

正義感の強い響は、先生の優しさにつけいるような考えが嫌いだ。

藤原先生のために何かしてあげたい——。
その想いから響は先生のお遣いを頼まれたのだ。


バスで聖光学園中学校に戻った響たちは、ほこりっぽい物理室の前までやってきた。
物理室は暗幕で光が遮断されており、真っ暗な室内からは、乾いた回転音が聞こえてきた。
不審に思った響とすみれがそっと引き戸を開け、トーテムポールのように縦に連なって顔をそっと差し入れる。

真っ暗闇の物理室では、暗幕や古い実験器具から舞い散ったほこりが一条の光をくっきりと浮かび上がらせていた。
物理室を走る白光は、スクリーンに古めかしい白黒映画を映写している。
音声はなく、コマ落ちした映像は早回しに見えた。

「ああ、買ってきてくれたんだね、ありがとう」

人気に気づき、振り返った藤原先生はいったん映写機を止めた。
リールの回転音がゆっくりと止まる。
電気をつけてから先生は、小さな冷蔵庫から木製の試験管立てを取り出した。

「お駄賃といってはなんだけど、よかったら」
そう言って試験管で作ったカルピスのアイスキャンディを差し出す。

すみれが食べるのを躊躇[ちゅうちょ]しているとなりで、響は試験管を受け取って、「やった!」と無邪気にアイスキャンディを頬張った。
それを見て、すみれも遠慮がちに試験管に手を伸ばす。

「何の映画なんですか……?」
アイスキャンディを半分以上食べてから、響が訊ねた。
「先生が撮った映画?」

「いや、これは有名な映画の焼き増し[プリント]フィルムさ」

「音声がない」
すみれがぽつりと所感を表明する。
 
先生はやさしくほほえんで応えた。
「無音[サイレント]映画だからね」

「サイレント……」

いつになく饒舌[じょうぜつ]な藤原先生の横顔を見上げながら、響たちはいつのまにかすっかり先生の話に引き込まれていった。

「もちろん、今も照明[ライティング]技術は芸術だと思う。けれど、白黒[モノクロ]時代は、一種、映画制作が神秘学[オカルティズム]めいていていたんだ」

「オカルト? 映画が?」

「ああ——映画は、光と闇の魔術だからね」





リールの回転音が高まり、暗闇に一条の光が現出する。
スクリーンには、ぼやけた白黒映画が映写された。
傷だらけのフィルムが映し出す映像はひどく見づらい。

黒い外套に身を包んだ老人が、いびつに歪んだ美術セットのなかで、夢遊病者の男を操っている。

『カリガリ博士』という映画なんだと先生は言った。

(私には動画には見えないが?)
響のかばんからそっと提灯をのぞかせて、《アンコ》が媒質通信[オプト・リンク]を送る。
(君たちにはあれが動いてみえるのか?)

(何言ってんの? ちゃんと動いてるじゃん)
響はスクリーンの映像を改めて見つめる。

たしかに映像のなかの人物たちの動きは早回しになっている。
だが、動いてみえないというのはどういうことなのか?

「映画の仕組みは、簡単に言えばペラペラ漫画と一緒だ」藤原先生が解説する。
「フィルムに焼き付いている一枚一枚の写真は静止画だけど、脳が錯覚する速さで  
 連続して見ていると、脳内に残像が残って、動画として見えてくる……」

(なるほど?)《アンコ》がリンクで割って入る。
(フィルム映画は人間の脳でしか認識できない光の——)

「——魔術」
《アンコ》の言葉を引き取って響がつぶやく。

兵器である《アンコ》には、静止画としてしか認識されない。
人間にしか見ることができない光の魔術。
その事実と先生の意味ありげな言葉とが響のなかで一致して、思わず出た言葉だった。
まるでなかなか開かなかった鍵がカチリと気持ちよく音を立てて開いたような感覚だった。

「ああ。フィルム映画が持つ魔力の秘密——それは、光と闇のちらつき、すなわちフリッカーにあるんだ」

映画はクライマックスに向かっていく。
夢遊病者の男が殺人を犯し、警察に追われながら悶死するくだりにさしかかった。

「古代から人類はたき火のちらつきに、太陽のちらつきに、星のちらつきに畏怖の念を抱いてきた。
それは、潜在的無意識のなかで霊[ゴースト]的な存在をわれわれに意識させたからかもしれない」

「光のなかに神の存在をみた、と?」

いいや——脳の錯覚を促す、光の瞬きにだよ。紀元前の人々の間では、プリズムを通して、神々しい光のちらつきを見つめることは、一種の宗教的儀式だったし、プリズムを通して人は狂気に導かれた」
ぽかーんと口を開けている響たちを見て、先生は補足する。
「フィルムはそのちらつきによって人間の潜在下に訴求することができる。サブリミナル効果ってことばを、君たちも聞いたことがあるだろう?」

すみれは何かの本で読んだことがあった。
映画フィルムのなかに、清涼飲料水の広告を一コマ挿入しておくと、たとえ1/24秒の一瞬間で人間が映像を認識できなかったとしても、潜在下にすり込まれた広告によって、清涼飲料水の売り上げが上がったという実験結果がある。

「つまりフィルム映画は、人間の行動特性をも操作することが可能なんだ。それって、魔術みたいじゃないか?」

(きみたち人間が光のちらつきを見ることで、霊的な神なる存在を意識させるのだとしたら、その概念は我々における“巣”の概念に近いのかもしれないな)
《アンコ》が自分のなかで一応の仮説を立てる。
(フィルム映画が双方向の相互接続[コミュニケーション]ではなく、光のちらつきを利用し、制作者の意図を一方的に示すという部分も類似している……)

いつの間にかリールが空になって静止しているのに気がつく。
はっと正気づいたすみれは、自分たちも映画の魔力に引き込まれていたことに気づいた。
夢から醒めたような顔をしている少女たちを見て、藤原先生はやさしくほほえんだ。

「さ、もう下校の時間だ。つづきはまた今度」

「先生!」さっと手を挙げ、響が立ち上がった。
「私、はじめてやりたい部活がみつかりました」

「えっ?」すみれが響を見やる。
 彼女は脇を締め、拳をぎゅっと握りしめて瞳を輝かせている。

「映画研究会を作るんです!」
急に立ち上がって響が宣言する。

「何言ってるの、響……」

戸惑うすみれを押し切って、響が言った。
「先生、顧問になってもらえませんか!?」

「映画研究会——」先生が繰り返した。
「研究会として認められるためには、まず会員を最低5人は集めなくちゃいけないよ?」

「私、やります! 私とすみれを入れれば、あと3人集めればいいんですよね?」

「ちょっと待って……」すみれは戸惑った。

魔光少女としての任務はどうするのだ?
映画研究会の活動をしている暇などあるのか?

さまざまな反論が浮かんでは消えていく。
 
(いまの私たちには、魔光の力で戦うことしかできない)
 響がすみれにリンクを飛ばす。
(でも、戦うだけじゃない。光には、世界に希望を与えられる力があるってことでしょう?)

光を希望に——?

なんてロマンチストなんだとすみれは鼻をならす。
でも、響にはそんな夢も実現させてしまうだけの行動力がある。
そんな気がする……。

「わかったよ。私も参加する」
すみれが言うと、響は飛び跳ねて喜びながら抱きついてきた。

「さっすがはすみれちゃん!」
頬を赤らめながら、すみれは顔をうつむける。

強引に巻き込まれた形のすみれだったが、魔光少女になったときと同じく、不思議と悪い気はしなかった。

To Be Continued… 
hibiki04 のコピー



桂イノベーションパークの研究棟で、紅光響と石英すみれはレーザーによる非接触電力伝送技術の研究施設へと案内された。
むき出しの処理装置が積み重ねられ、その脇ではプリンターが測定結果を吐き出している。

(光源モジュールから受光ユニットに出力された光エネルギーは、利得媒質[オプト・クリスタル]内の変換装置によって《魔光》に変換される)
リュックサックに潜り込んだまま媒質通信[オプト・リンク]を飛ばす《アンコ》の声が、響とすみれの脳内に響く。
(故に自己制御[セルフ・ガバナンス]型の群[スウォーム]兵器《ジェイド》は、バッテリー交換などのメンテナンスは不要だ。
光さえあれば半永久的に活動できる……)

(ってことは、光が届かない真っ暗闇に《ジェイド》を閉じ込めれば、動けなくなるってこと?)
響が聞き返す。

(もちろん、オプト・クリスタルは蓄光が可能だ。
そもそもわれわれケイ素生命体は、恒星の光エネルギーを調達するために、137億光年も離れたから外宇宙やってきたわけだからな)

(じゃあ、結局、《ジェイド》の弱点はなんなの……)

「響、大丈夫?」
オプト・リンクに意識を傾けていた響は、不意に声をかけられてはっとした。
先輩の黒森ゆう子が、心配そうな顔で見つめている。

「ああ、すみません! ついぼーっとしちゃって……」

「どうせお昼食べて眠くなっちゃったんじゃないの?」
そう言って、すみれがふん、と鼻を鳴らす。

「考えごとしてたの!」
片方の頬を膨らませて、響は言い張った。
《ジェイド》の動力源についての知識が得られれば、彼らと戦う手助けとなりえる——。
そう考えた響たちは、最先端の光テクノロジーを研究する桂イノベーションパークへとやってきたのだった。

今回の見学が実現したのは、私立聖光学園3年生・ゆう子先輩の力に負うところが大きい。
ショートカットで明るい性格のゆう子は、男子にも女子にも、後輩たちにも人気があった。

長身でスタイルもよく、勉強ができて、スポーツ万能、絵もうまい。
まさに響たちの憧れだった。


土曜日の午後、図書室で光学関連の本と格闘していた響たちに、ゆう子が声をかけてきた。
《ジェイド》のことはいっさい伏せた上で、光エネルギーの蓄電技術について知りたいことを伝えると、すかさずゆう子はふたりの肩を叩いて言った。

『よしよし、ゆう子先輩にまっかせなさい!』

生徒会長を務めるゆう子は、その日のうちに校長に直談判し、校外活動の一環として桂イノベーションパークへの訪問を承認させ、紹介状を書いてもらい、今回の見学が実現したのだった。


「お嬢様!」
眼鏡をかけた温厚そうな研究者が、見学している響たちに近寄ってきた。
顔に追従の笑みを浮かべている。
どうやら研究者は、ゆう子に『お嬢様』と呼びかけたようだ。

お嬢様——。
その言葉に反応した響とすみれが、思わず顔を見合わせる。

学校の人気者であるゆう子は、また学校中の話題の的でもあった。
彼女が好きなもの、彼女が身につけているものは、消しゴムひとつでも話題に上る。
が、ゆう子先輩が〝お嬢様〟だったとは初耳だ。

「お父様にはいつも大変お世話になっております。
どうぞ、よろしくお伝えください……」
初老の研究者に何度も頭を下げられて、ゆう子の表情はどこか引きつって見えた。


ゆう子の父は、アメリカ国防総省が出資する国防高等計画局《DARPA》でレーザー核融合の研究をしていたが、3年前からは桂イノベーションパークに出資する特例財団法人日本光センターの理事長を務めているのだという。

けれど、“お嬢様”と特別視されたくないという思いから、ゆう子はその事実をひた隠している。
桂イノベーションパークへの見学も、親の力は借りず、校長の紹介状をとりつけて実現させるという潔癖ぶりだった。

学校の人気者が抱える裏の顔を垣間見た響たちは、先輩になんと言葉をかけてよいのかわからなかった。

故に帰りの地下鉄は気まずい雰囲気が漂った。

「先輩のお父さんってすごい方なんですね、驚きました!」
ゆう子の告白を受けて、ようやく響が言葉をひねり出す。

「いやぁバレちゃったね~」
響たちの心配をよそに、ゆう子はいつもとかわらない明るさで応じた。
「学校の子には知られたくなかったんだけど」

「どうしてですか?」
響が訊ねる。
「別に先輩がお嬢様だって知っても、みんなかわらないと思います」

「うん、そうかもね……。
でもほら、何かにつけて〝あいつの家は金持ちだから〟って、内心思われちゃうんだよ、どうしてもさ」
ゆう子は地下鉄の車窓にぼんやり映る自分の姿を眺めた。
「だから一度自分を偽ると……他の人を信じられなくなるんだよね……」

ゆう子の言葉の意味を察する間もなく、地下鉄が突然、停止して、車内が真っ暗になった。

「な、なに!?」
暗闇が苦手な響はすみれの腕に抱きつく。
車内のあちこちで、携帯電話の液晶画面の明かりが灯り、乗客たちの不安げな顔を浮かび上がらせる。

「ただの停電じゃなさそう……」
非常用電源に切り替わらない状況を冷静に分析して、ゆう子が言った。




京都市営地下鉄の運行を担う京都市交通局は、全車両から随時送られてくる情報を集約し、運行状況をほぼリアルタイムに把握、ダイヤに基づいて制御信号を発する。
この列車運行管理システムの膨大な情報量を支えているのは、各駅に敷設される2重の光ネットワークだ。

《ジェイド》が融合したことで、短い四肢にコンクリートをも砕く硬度の錐尖を創発[エマージェント]した〝それ〟は、地中奥深くを突き進んでいた。
数時間にわたり鼻とヒゲ、嗅覚と触覚のみで掘削をつづけ、地下岩盤層をも穿通[せんつう]、ついに列車運行管理システムの要、光ファイバーケーブルを見つけ出した。
ついに目標に到達した〝それ〟は、地下鉄の線路上に嵌入[かんにゅう]してケーブルを噛みちぎり、トンネル外壁を横貫。ネットワークのみならず、地下鉄の非常用電源ケーブルをもずたずたにしはじめたのだった。

時刻は午後6時——。
帰宅ラッシュで混雑する京都市営地下鉄の列車運行管理システムは完全に停止した。


響とすみれは、電車から飛び降り、地下鉄の線路を駆け出した。
ゆう子先輩を列車に置き去りにしてしまったことは後ろめたかったが、今は《ジェイド》を倒して、事態の収拾を図ることが最優先だった。

「こっちだ!」
リュックから飛び出した《アンコ》が提灯を点灯させて、響たちを先導する。
走りながら響たちはそれぞれ紅水晶[ローズクォーツ]と紫水晶[アメシスト]を取り出して、変身プログラムのパスワードを唱えた。

「オプト・クリスタル・プリズム・アーップ!」

走りながら魔光少女へと変身した響とすみれは、フォトナイザーの先端に装着[ドープ]しているオプト・クリスタルを点灯させ、煤けた外壁に囲繞[いじょう]された地下鉄の線路を渡っていった。

埃っぽい地下空間を突き進むこと数十分。
響たちはコンクリートの外壁に直径4mほどの穴が穿たれているのを発見した。オプト・クリスタルの光が、弧を描く丸天井の闇を照らす。
できたての洞窟には砂埃が舞い、内部を照らす光を乱反射させた。

(《ジェイド》はいったい、なにと融合したの?)
洞窟の入り口で茫然と立ち尽くす響がリンクを飛ばす。
こんな大きなトンネルを掘削できる生き物——あるいは重機——と融合したのか?
響はグロテスクな化け物を頭の中であれこれと憶測した。

(でも……行くしかないんだよね?)
言わずもがなのつぶやきを胸中に落とす。自らを奮い立たせた響は、思い切って洞窟の入り口をまたいだ。
後からすみれがつづいて、殿を《アンコ》が務める。
先頭の響はフォトナイザーを松明代わりにかざして、水平トンネルを進んでいった。

ようやく暗闇に目が慣れてきたかと思うと、今度は響の耳が不気味な物音を捕らえた。
かすかな振動で、丸天井から砂塵がぱらぱらと剥落[はくらく]してくる。
急に足を止めた響の背に、後続のすみれが頭をぶつけてしまう。

研澄まされた聴覚に、粘着質の物音がひたひたと洞窟の深奥部から伝わってくる。
岩盤トンネルの外壁がその不快な音を反響させ、さらに響の全身を粟立たせる。

あきらかに機械音ではないなにか——。
彼女の推測を証明するかのように、《アンコ》の提灯が赤く明滅し、《ジェイド》がすぐそこまで迫っていることを伝えた。

響たちがフォトナイザーを構えて、警戒態勢をとる。
防眩バイザーの距離計[レンジファインダー]に意識を集中し、響はオプト・クリスタル内の共振モードの位相を同期させて、連射可能なモード同期[ロック]レーザーの準備をはじめた。

岩床を踏んでうごめく獣の気配が近づくにしたがって、洞窟も鳴動する。
暗黒が広がるトンネルの先にようやく淡い緑色の光——《ジェイド》が放つ翡翠[ひすい]のきらめきを確認した。

それは、短い四肢にドリルのような錐尖を持った巨大なモグラだった。
口に光ファイバーケーブルをくわえ、頭頂部には翡翠石が幾重にも貼りついている。
体毛と一体化した《ジェイド》は、脈打つ筋を体中に張り巡らせて、筋組織を無理に肥大化させているようだった。

巨大モグラは前足の錐尖を構えると、響たちに猪突猛進してくる。
直径4mのトンネルの行く手を塞ぐ巨大モグラの体当たりを回避することはむずかしい。
戦うのみだ、と自らに言い聞かせ、響はフォトナイザーを握る手を強くした。

——が、肉眼で目標を確認できているのにもかかわらず、防眩バイザーに表示されるモード同期レーザーの照準器[サイト]は、ロックオンを完了しなかった。

(ロックオンできない!?)

(砂埃[デブリ]のせいだ!)
《アンコ》が響にリンクを送る。
(洞窟内の埃でレーザー式照準器が機能していないんだ!)

(だったら肉眼で照準[ポイント]する!)
響が巨大モグラにフォトナイザーの先端を向ける。

(待て! ここで魔光を無駄に使うな!)

《アンコ》の警告を無視して、響はモード同期レーザーをフォトナイザーの先端から連射する。
ところが高出力のレーザーも、洞窟内に舞うデブリのために拡散してしまい、攻撃はむなしく巨大モグラに届かなかった。
途端、響たちのオプト・クリスタルの明かりが一段暗くなり、頼りなげな明度になる。

バッテリーの寿命が尽きようとしている——!?

懸念はすぐさま現実のものとなった。
オプト・クリスタルの明かりが消滅し、洞窟内が暗闇に飲まれてしまった。

オプト・クリスタルは暗闇のなかでは機能しない——。

それは《ジェイド》も同じことではないか?

恐慌状態に陥りそうな頭を落ち着けようと響は、桂イノベーションパークでの会話を思い出し、あるひとつの結論を導きだした。

(光ファイバーケーブル!
《ジェイド》が動力源にしてるケーブルを寸断すれば、敵も活動を停止するんじゃない!?)

巨大モグラの頭頂部に貼り付く《ジェイド》が放つ、淡い明かりを目印に、響は暗闇の中を駆け出した。
ケーブルの寸断なら、魔光の力がなくとも遂行できる。
巨大モグラの息づかいが伝わる距離まで近づいた響は、怪物がくわえている光ネットワークケーブルを勢いよく引き抜いた。

モグラの咆哮が洞窟内に轟き、錐尖を振り上げる気配を響に知らせる。
逃げなければ、と頭を働かせたときにはすでに、コンクリートをも砕く鋭い錐尖が響に迫っていた。

そのとき、黄金色の光が洞窟内を満たした。
まばゆいばかりの輝きのなかで、乱反射するデブリが金箔のように美しく漂う。

それは黒い戦闘服[バトルドレス]を身にまとった長身の少女が発する光だった。
顔半分を覆う防眩バイザーのために、少女の表情を窺い知ることはできなかったが、ショートカットの彼女が手にしているフォトナイザーの先端には、黒いオプト・クリスタルがあった。

(黒水晶[モーリオン]……)

《アンコ》が慄然とつぶやく。

(まさか、魔光少女か!?)

襟の高い軍服のようなバトルドレスをまとった黒い魔光少女は、外套をたなびかせ、フォトナイザーの先端から光電索[テザー]をのばした。
その先端が、モグラの頭頂部に突き刺さる。
次の瞬間、テザーに高圧電流が流れ、発生した磁場によって周囲を浮遊するデブリが沈静する。

「《ソリッド・エキシマム》!!」

間髪を入れずに黒い魔光少女が叫ぶと、パルス放電によって生成された励起[れいき]状態の希ガスとハロゲン原子が、高効率・大出力のレーザーを黒水晶から創出する。
巨大モグラの頭頂部に巣くっていた《ジェイド》は、黒い魔光少女が放った閃光によってただちに焼き切られてしまった。


京都市営地下鉄の完全停止に伴い、市営バスへの振替乗車などで交通局は一時大混乱の様相を呈したが、午前零時には光ファイバーの修復も終わり、列車運行管理システムは一応の復旧を果たしたのだった。

《ジェイド》を焼き切られたモグラは、その巨大な体を維持できず、崩壊をはじめた。
音のないマシンガンで撃ち抜かれていくかのように、ぷつぷつと黒い穴が急速に巨大モグラの全身へと拡がり、最後は灰燼と帰した。
黒い魔光少女はいずこかへと姿を消し、暗闇のなか取り残された響たちは、自力で洞窟を引き返し、駅まで歩かなければならなかった。

「響!」
足止めを食らった人々のなかから煤けた響たちの姿を見つけ出したゆう子が、目を潤ませて言う。
「突然、電車降りちゃって、心配したんだぞ!」

「ごめんなさい……」
「どうしてあんなことしたの……?」

なんと説明したらよいか、言葉が見当たらず、響とすみれは沈黙した。

「言いたくないなら別にいいけど……」
大きくため息をついて、ゆう子は気分を変えるようにして言った。
「さ、帰ろっか?」

結局、混雑する駅から地上に出られたのは、2時間後だった。
響たちはさらにそこから振替乗車の市営バスの到着を待つことになる。

いったい、あの黒い魔光少女は何者だったのか。
人間と接触した《ジェイド》が、《アンコ》以外にも存在するのか?
だとしたら、なぜ響たちを助けておきながら、なにも言わずに去ったのか?
響たちの前に現れた目的は……?

次々に浮かぶ疑問の答えを求めて見上げた先には、真っ黒な夜空が広がるばかりだった。

To Be Continued…
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 ぴちゃっ、ぴちゃっ……。

 漆黒の闇に包まれた廊下の先で、水滴がこぼれ落ちる音が反響して聞こえてきた。
 蛇口が緩んでいるのかもしれない。
 静謐[せいひつ]な夜の校舎で起こった突発音に身をこわばらせた紅光響は、となりの石英すみれの腕をぎゅっと抱えなおした。
 顔を見合わせ、水滴の音だと一応の納得をつけてうなずきあう。

廊下を照らすのは、避難経路を示す非常灯の陰鬱な光のみ。
緑の微光だけが、冷たい光沢を放つリノリウムの床ににじんで伸びていた。

(行くぞ……)
 先を促す≪アンコ≫の媒質通信[オプト・リンク]が響の脳内に届く。
(時間を無駄にはできん)
 殿[しんがり]を務める≪アンコ≫は暗闇に怯える少女たちの心理がまるで理解できないというように平然と言うのだった。

前に向き直った2人は、ふたたび廊下を歩きはじめる。
少しでも物音を立て、“相手”に気取られるわけにはいかなかった。

足音を立てないよう、抜き足差し足忍び足で進まなければならない。

懐中電灯にも利得媒質[オプト・クリスタル]にも頼らず、恐る恐る安全確認をしながら真っ暗な廊下を進んでいくのは、ひどく時間がかかった。


 深夜の校舎に、緑色の燐光[りんこう]を放つ人魂があらわれる――。

 最初に目撃したのは、遅くまで部活動の練習のために校舎に残っていたハンドボール部の生徒だった。
 この人魂に関する憶測は、怪談話として瞬く間に全学年へと広まっていく。
“プール事故でこの世を去った生徒の霊”
“ピアノ発表会前日に事故死した霊”
“病気がちで一度も学校に登校できなかった少女の霊”
 ……いつのまにか数種類のバリエーションが生まれるに至った。

 怪談話が広まりだしたのはちょうど、外宇宙より飛来したケイ素生命体自律制御[セルフ・ガバナンス]型群[スウォーム]兵器≪ジェイド≫が京都の町に散らばった時期と符合する。

 学校に≪ジェイド≫が侵入しているかもしれない――。

 真相を確かめるべく、響たちは深夜の校舎に侵入し、こうして廊下を見回っているのだった。


(もしさ……《ジェイド》じゃなくって、ほんとうに人魂だったらどうする?)
 暗闇が苦手な響は、内心の怯えを誤魔化すように、≪アンコ≫とすみれにリンクする。

(君たちの言う人魂は、いわゆる空気中の放電現象に過ぎんだろう?)≪アンコ≫が応じる。(≪ジェイド)でなかった場合は、君たちに危害はないんじゃないか?)

(幽霊は放電現象なんかじゃないよお!)響が≪アンコ≫を否定する。(呪われて不運になっちゃったりするんだから!)

(人魂が浮遊霊でなくって地縛霊だったら、厄介だね……)すみれがリンクに加わった。

(じ、じばくれい?)

(無念のまま非業の死を遂げた人の魂が、建物や土地に憑いてしまう幽霊のことだよ。最悪の場合、逆恨みして憑かれてしまう)
 抑揚のないすみれの声は、無機質な廊下の雰囲気と相まって、足元から怖気を走らせた。

(ちょっと、やめてよお……)響がその場でじたばたする。

(今回の《ジェイド》は別に光を吸収して悪さをしようとはしてないみたい)
 すみれが淡々とつづけた。
(放置しておいても大丈夫なんじゃない?)

(いや、いまはなんともなくとも、いずれ事件を起こすだろう。残念だがね……)
 すこし間を置いてから、《アンコ》はリンクする。
(本来、われわれケイ素生命体は、恒星の光エネルギー調達のために宇宙を旅してきた。
 現在、相互接続[コミュニケーション]を断絶している《ジェイド》は、エントロピーの増大則も気にせず、本能[プログラム]の赴くままにエネルギーをため込んで、見境なく光を吸収しようとする……)

3階生物室前の廊下に差し掛かったとき、響は廊下の先にうっすら緑色の明滅が起こったようなきがして足を止めた。
今一度目をこらす。
非常灯の光とは違う何か――暗闇の中で、ぼやっとした緑色の燐光が浮かんでいる。
まるで炎のような揺らめきを持つそれは、暗闇のなかで薄くなったり濃くなったりしていた。
《ジェイド》かどうかを判断するため、響は≪アンコ≫の提灯の先に収まるオプト・クリスタルを確認する。
《ジェイド》が接近すると、《アンコ》のオプト・クリスタルは赤く明滅して警告を放つのだ。

間もなくして《アンコ》の提灯が淡い明滅を始める――人魂は間違いなく《ジェイド》だった。

(響、すみれ! 変身だ!)

≪アンコ≫のリンクと同時に、響とすみれが紅水晶[ローズクオーツ]と紫水晶[アメシスト]双方の起動パスワードを唱えると、閃きとともに魔光少女へと変身した。





魔光少女に変身した2人は、目もくらむばかりの明るさを放つフォトナイザーの先端で廊下を照らし出した。
オプト・クリスタルの輝きが、瞬く間に暗闇を追い払う。
そして、緑色の燐光を放つ《ジェイド》の本体があらわになった。

 それは、本来、理科室でほこりをかぶって保管されている人体解剖模型だった。皮を剥いだ状態——筋組織と血管と臓器と骨格とをむき出しにしている。
 太もものつけ根で切断された人体解剖模型は、中空に滞空[ホバリング]していた。
たとえ作り物だとしても——。
不意に照らし出されたグロテスクな人魂の正体に、響とすみれは度肝を抜く。

「きゃああああああああああああ!」

 まずは響が甲高い悲鳴とともに踵[きびす]を返し、全速力で来た道を引き返す。

 恐怖でフリーズしていたすみれも、一拍遅れて反転し、一目散に撤退する。
 2人とも目の端にうっすら涙を浮かべていた。

(逃げるな、戦え!)
≪アンコ≫のリンクも無視して響きたちは廊下を駆け抜ける。

 走りながら、どのくらい引き離したか確認するためちらと振り返る。
 一瞬、窓から差す水銀灯の病的な白い光が生み出した明暗によって、皮をはがれた人体解剖模型のグロテスクさを際立たせる。
 気のせいか、プラスチック製の人体模型がてらてら光って、湿ったぬめりのようなものがあるように思えた。
 それに、心臓や腸がうごめいて見える……。

 浮遊する“生きた”人体模型は逃げ出した響たちを逃すまいと速度を上げて追跡を開始していた。

 廊下の突き当たりで響とすみれは分散する。
 一方が階段へ。
 もう一方が教室へ。
 響は階段を下り、すみれは教室に入って引き戸をたてきった。
 
 階段を踊り場から踊り場まで跳躍して階下に降り立つ。
 こっちにくるなとささやかな希望を抱いて、響がちらと階段を見上げる。
 残念ながら、人体解剖模型は響を選んで後を追いかけてきていた。

「なんでこっちくるの~!?」響が倒れるようにまえのめりになってまた走り出した。
 
 立ち向かわなければ――一転、魔光少女としての義務感でなんとか恐怖心をねじ込めた響は、戦闘靴[コンバットブーツ]の踵[かかと]を立て、急停止する。リノリウムの床できゅきゅきゅっと不協和音が走った。
 つづいて振り向きざまフォトナイザーを構え、ぴんと腕を伸ばす。

「フォトニック・アンプリファ!!」

 ちょうど階段から廊下に出てきた人体解剖模型の≪ジェイド≫が、殺到する深紅の光の帯に気づいてうろたえる。
 刹那、≪ジェイド≫は紅い光の奔流[ほんりゅう]に飲み込まれた。

「やった!?」
 肩で息をする響が、膝に手を置き、呼吸を整えながら言った。

 膨張した光の霞[かすみ]が晴れて、人体解剖模型の残骸を現出させる……そのはずが、そこには何も存在しなかった。

「!?」

 周囲を見回し、最後にまさかと思いつつも頭上を確認する。
 天井には、人体解剖模型から飛び出した臓器――心臓、胃腸、大腸、小腸――や目玉や歯がばらばらに張り付いていた。
 
 口をあんぐり開け、響が凍りついたのも一瞬、バラバラになった臓器がいっせいに降ってくる。

「ぎゃああああああああああ!」

 たちまちその場から駈け出した響を追って、ばらばらに展開した五臓六腑が彼女を追い回す。

(響! いまどこ!?)
 響を気遣うすみれからのリンクが届いた。

(2階の……)響が教室前に掲示されている標識に目を走らせる。(多目的教室前! 解剖模型がばらばらになって追いかけてきてる!)

(私も今から1階に降りる! そこで挟み撃ちにしてしとめるの!)

(了解!)
 すみれの声に勇気を得た響が応える。
(私は1階まで《ジェイド》を引き寄せる!)

 響は走りながらフォトナイザーを手前に放った。
 すると魔法使いの弟子が操るほうきのように、フォトナイザーは主人の命令に対し忠実に従って中空で滞空。ただちに響はフォトナイザーにまたがって、狭い廊下を突き進む。

 五臓六腑も追跡の手を緩めることなく追いかけてくる。

 フォトナイザーにまたがったまま階段を急旋回する。
 速度を落とさず、急傾斜の体制で階段を下りて行ったので、まるで垂直落下していくようだった。

(1階に出る!)
 響はフォトナイザーの先端を握る手を強くして、天井すれすれまで上昇する。
 宙返りした響に不意を突かれたかたちの五臓六腑は、勢いあまって響を追い抜き、廊下を直進してしまう。

(時間合わせ、どうぞ!)
 攻撃のタイミングを合わせるべく、防眩バイザーに表示[ディスプレイ]される秒読み[カウントダウン]を読み上げるよう、響はすみれにリンクする。

モード同期[ロック]完了! 誤差修正……脅威目標捕捉! 発射!)

 約120m先にある階段から降りてきたすみれが、竹刀を構えるようにフォトナイザーを握りしめ、モード同期レーザーを発射した。 

 フォトナイザーにまたがった響も宙返りして、紅水晶[ローズクォーツ]の先端から必殺のレーザー攻撃を放つ。

「フォトニック・アンプリファ!」

 すみれと響、2人の攻撃に挟まれた≪ジェイド≫は逃げ場を失い、紅と紫の閃光に圧迫されて消滅した。


「どうして≪ジェイド」は解剖模型と融合しようとしたのかな?」
≪アンコ≫とすみれに合流した響が人体解剖模型の残骸を見下ろして言った。

「付喪神[つくもがみ]だったりして」
 すみれがぽつりと言い放つ。
「長い間、光も届かない生物室でほこりをかぶっていた解剖模型に霊が宿ったんじゃない?」

「君たちの言う霊——放電現象によって、光を求めていた《ジェイド》が共鳴し、融合したのかもしれないな」
《アンコ》が結論づけた。

「じゃあ……本当に幽霊[ゴースト]だったってこと!?」


To Be Continued… 
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